制作について3  ひっかかるもの

前回は作家の井田照一さんについてかきました。井田さんの事についてはまだもうすこし書きたい事があるので後日。

 

自分のなかで後一人どうしてもひっかかりまくりの人物がいますのでその方も記しておきます。何を隠そう哲学者のジル ドゥルーズさんです。  びっくりした??

 

以前ドゥルーズの『千のプラトー』、『意味の論理学』に手を出していましたがテキストのあまりの難解さに一行ずつ苦行のように時間をかけて、また戻ってはよむという大変効率の悪い事をしておりました。そんなもんだからわかってんのかわかってないのか自分でも解らなくなり、途中で挫折しました・・・。

そんな時に翻訳されている宇野邦一さん著の『ドゥルーズ 群れと結晶』なるものを古本で買い、はじめてドゥルーズに謝りたくなりました。

超感覚的でありながら洗練された思考の人だ!などと偉そうに解釈しました。もちろん、宇野さんの解釈ありきですが。

 

最初に惹かれたのはリゾームという概念で、竹や蓮、シダの地下茎のように中心をもたず網状に派生していく有機組織の構造の概念です。

 

以下 コトバンクより〜

 

 相互に関係のない異質な者が、階層的な上下関係でなく、横断的な横 の関係で結びつく様を表す概念。幹•枝•葉といった秩序、階層的なも のを象徴する樹木(ツリー)に対して言う。

 

 

今にしたらネットがもはやリゾームの構造らしく、新しい概念というわけではないのですが主流であった段階的に発展していく秩序の構造から、同時多発的に網状に派生してゆく構造へという展開の仕方がとても斬新で面白かったです。

日本の象徴天皇制においてみられるリゾーム(本書では安易に西洋と東洋で比較するべきではないとあったが)にも触れていてとてもとても興味深かった〜。

  

 

本書には丸山眞男の『歴史意識の古層』という論文も参考に示してあります。

丸山さんは記紀神話における『なる』『つぎ』『いきおい』というワードを取り上げており、そこから自然の増殖のいきおいであったり、血統の連続的なうごき‥といったものが古代日本人の意識の古層になっていると述べている。

『つぎつぎになりゆくいきほひ』この言葉が私の制作には多大なイメージをくれました。そこから自生という作品へとつながりまする。



つづく