寒い

この間寒かった日、アトリエでカップ焼きそばを食べた。ぺやんぐ。
寒くなると決まっておもいだすことがある。
七年くらい前、終電を逃してしまい二駅程歩いて帰ったときがありました。深夜一時頃。骨の芯まで冷える様な底冷えのする日でなんかちょっと辛かったのです。その途中、コンビニの先のほうにホームレスの方がいる影がみえました。こんな夜にこそホームレスの人はどう過ごすのかと少しの憐みの気持ちが湧いてみてみると、

なあんと、

カップラーメンを食べていた!

顔が見えなくなるくらいの湯気をたてながら、さも美味そうに!

いや、ホームレスがカップラーメンを食べていて全然いいのですが(笑)、思いのままに、何の縛りも受けず人の通る道の傍で、カップラーメンを食べる彼に私は敗北をかんじました。自分はいつの間にこんなに固くなってしまったのか。無意識にありとあらゆる縛りを自分に与えて身動きがとれなくなっているのかもなぁ‥。一瞬でもホームレスをあざ笑っていた自分を恥じた。
社会に人並みに順応していきてきた自分の現在を無に感じた。こんな話をすると大体の人は順応して生きていけることの素晴らしさ、仕事におわれ、人間関係に翻弄されて生きる事の学びの多さについて語るものだが、その裏には自分の現状を価値のないものにしたくない、人よりも優位にしておきたい精神が働いていることに大抵気付かない。こうした話をした時にただ頷いて同意の意を示してくれる人を私は友と思っている。人間誰しも大差はない。人間はあまりにも自由に曖昧にいきられすぎる。

そしていま思うのは寒いのになんでやきそばにしちゃったかってこと。